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第9話 男六十代は最強?

 1つ部屋に8人も(たまには空きベッドもあるが、たいてい塞がっている)大の男がいるとどういうことになるのか、少々の不安と期待の混じった好奇心を持って、病院生活は始まった。
 この部屋には整形外科で入院している患者さんが半分弱、いる。思わぬ怪我で入院する場合が多いので、年齢は様々である。そして泌尿器科で入院している患者さんが半分強、いる。その中には、膀胱や腎臓を患い、手術をしたり点滴をしたりして治療をしている重病の患者さんもいる。しかし、前立腺癌の放射線治療のために入院している患者が多い。たいてい3、4人いる。
 
放射線照射による治療は通院でもできるので、入院患者は、病気や症状が重いためではなく、連日の通院が不都合な遠方に住んでいるためであることが多い。私の向かいのベッドの人は茨城から、向かいの一番廊下側の人は、なんと福岡から、その向かい側の人は、群馬県内で近そうだが、浅間山麓の嬬恋村から来ている。
 
茨城の人は七十代で、腰などの痛みや排尿のトラブルがあり大儀そうだが、私を含む他の3人は、自覚症状が少なく、昼間寝ている必要のない六十代半ばの男である。中でも、重粒子線で治療を受けている人は、前立腺局部限定の治療で完治が見込める病態のようで、殊にお元気である。
 
福岡から来ている人は正にそれで、頑丈そうな体格をし、発言・行動にメリハリがあり、威風堂々としていて、病人にはとても見えない。毎日午前中にマイクロバスで近くの大学付属病院に行き、治療を終えて、3時過ぎに帰ってくる。そのお出掛け治療の前にも後にも、しばしば、外に散歩に出かけて行く。着替えが必要で、窓際の共有空間がその場になるのでよく話をする。
「この辺りは、本当にお店が少ないですねー。スーパーにしても、コンビニにしても、相当歩かないと着かない。」と、その人。
「はあ、そうですよね。駅までも遠いし、駅まで行っても何もありませんからね。で、行かれるときは、外出許可を一々取るんですか?」
「取りませんよ。構内はいいことになってますが、外は、聞けばダメって言われるでしょう。一々面倒臭いですからね。自己責任ですよ。問題を起こさないようにすればいいだけのことですから。」とケロッとしている。

「そんなもんですか。」
「そうですよ。一日病院にいたら病人になっちゃいますよ。大いに歩いて、足腰が衰えないようにしておかないと。帰ったら仕事が待ってますからね。遊びもですがね。」
 
この人に、ある方角のコンビニとスーパーとドラッグストアに連れて行ってもらい、それを皮切りに、概ね360度、半径2キロ程度の探索活動を、私も始めた。
 
この人は空手をやっていたそうで、(恐いイメージのある)福岡の自宅付近や交通事故がらみで起きたトラブルに際しては、ヌンチャクを持参するなど、戦闘態勢で臨んだことも何度かあったという。思わぬところで武勇伝を聞かせてもらった。
 
スクワットは、こう腰を落としたほうがよい、ストレッチは息を吐きながら、こうやるとよいなど、共有空間で実地に指導もしてくれた。聞けば手に職を持った、装飾品関係の社長さんらしい。どこかのプロダクションにも所属していて、某銀行のコマーシャルにも出ているという。
 
嬬恋村から来ている人も、穏やかだが風格のある人で、ご夫妻で飲食店と塗装業を営んでいるとのことだ。
 
彼らに限らず、男の六十代は、たいてい、自分の力で世の中をそれなりに渡ってきた人たちだ。他人との接し方も、軋轢少なく自分の都合も犠牲にしない要領を心得ている。まだボケていない(ボケは始まっていてもさほどではない)上に、日本の社会が年の功を大事にしてくれるので、発言も尊重されることが多い。そんなことからか、漠然とした余裕のようなものが感じられる。駐車違反で捕まった話など、ちょっとした失敗談を披露しては、面白おかしく笑っている。箸が転んでも笑いそうな雰囲気だ。
 
男の六十代は他の世代と比べて最強なのかも知れない。
 最強!そうかも知れない…と、よくよく考えてみたら、「男の中では」のことだと、はたと気がついた。男女混合では、女の六十代が最強?
続いて女の七十代? 五十代? その次ぐらいに位置するのかなあ…、いや、若い女性にも弱いしなあ…どんどん順位が下がってしまった。だが取り敢えず男部屋だから、上はいない。
 
男部屋で余裕をブッコイテいるだけでなく、世間に出ても、まだまだ、頑張って他の世代をリードして行かないといけない世代であろうぞ、六十代男子! そんな思いを持ったのだった。

(写真割愛)
チョイ悪(?)オヤジ3人組(近くの喫茶店前で)


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