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飛行機に乗っているようなもの [生活エッセイ]


 病気とあまり関係のない政治ネタは、「日本の政治と地球の未来」というブログのほうで書いていた。どうしたものか、与党と政府がいわゆる右寄りで、「集団的自衛権の行使」「自衛隊の海外派遣」「特定秘密保護法」「武器輸出の規制緩和」・・・そんなことばかりやりたがっている。国民主権の民主国家というより、戦前の国家主義を彷彿とさせる政権運営で、危機感を募らせている。

 そこで、これまでブログに書いてきたことを本にしようと思い立った。一人でも多くの人と、日本の歩み方について、これでよいのかどうか、共に考えてみたくなったのだ。そして三月の中ごろから、育爺家業の合い間を縫って、ワードにまとめ始めた。タイトルは『友よ、戦争をしない世界を創ろう!』一通りまとめたあと、章の構成はどうするか、目次をどうするかなど方針を決め、調整をし、一応のまとまりをつけた。そして編集出版を手掛けている友人のところに原稿を送り、共同作業が始まった。

 お他人さまの眼が入ると、修正個所も増え、細かな校正作業もあり、空き時間には気合を入れてこれを行った。なにしろ、遅くなればなるほど、読者に古いものを読んでもらうことになってしまうのだ。そして、
「よーし、これで校正作業も終了だ、章替わりも奇数ページだし、写真も入れた。表紙カバーの案も固まったぞ。やっとこのプロジェクトも終了だ」と思ったのが、先週の金曜日の夜のこと。さっそく編集人にメールで送付。

 日曜日には久しぶりで隣の県の温泉まで家人を乗せていく余裕。

 ところが、その日も、次の月曜日も、編集人から沙汰がない。しびれを切らせて、火曜日(昨日)には、携帯電話にメールを送る。昼休みに会って編集会議をしようと。いろいろ兼業されていて超多忙な編集人から「今日のランチタイムは1時15分からだから、例の神社に1時20分頃着てくれ」との返信あり。

 雨の中、社の屋根の下で編集会議は進む。編集人は弁当を食いながら。こちらは、もらった缶コーヒーを飲みながら。
 で、その時、一大事が発覚する。1ページの「はじめに」の前に「扉」が入るので、ページがずれるという。扉はカウントしない手もあるが、どっちにしても、ページが増えて8の倍数からはみ出すので、コストは上がり、紙に無駄が出るという。

 どちらも好かないので、どこかで1ページ削ることにする。目次の前で削れば、ページにずれが生じないので、「はじめに」を1ページ端折ることにする。もともと「はじめに」は長いので短くしたかったのだが、削るところが見当たらなくて長いままになっていたのだ。それでも、コスト削減と省資源のためでは頑張るしかない。火曜の午後はまた自分の原稿とにらめっこ。

 そして夕方、仕事帰りの編集人に寄ってもらう。ベルクのロースかつ重(400円弱でした。訂正します)を用意しておいて、それをがつがつ食べながら再び編集会議。

 それから、お互いに夜の仕事(夜まである仕事&雑用だよ)を終えた10時ごろから、メールでキャッチボールを開始。中身が確定し、表紙カバーが確定し、奥付けも決まった。それを編集人がPDFファイルにしてくれた。いよいよ、原稿が確定したぞとホッとしたのが大体真夜中だった。風呂に入って1時半ころ寝たのだった。

 ところが翌朝、朝の雑事を済ませて10時頃メールをのぞいてみると、編集人から1通届いていた。「印刷所に発注しました」とタイトルにある。あれから、本体の表紙を作り、3時ごろ発注したとのこと。メールの最後に
「印刷所に入稿済みだと、もう手を離れましたので、何があっても手が出ません。飛行機に乗っているようなものです。手放しで子守りができますね。では。」とある。

「そうか、原稿が飛行機に乗ったか」国際線に乗ると「もう引き返せないぞ、降りたら異国の地だ」ってちょっとした緊張感が背中を走るものだ。でもその緊張感を経ないと海外には行けない。久しぶりにそんな緊張感を思い出した。でもすぐそのあとに「手放しで子守りができますね」とあるので、そうだ、これでいよいよほんとうにこの作業は終わったぞとホッとしたのだった。

 かくして、ふたりのコラボがひとつ完成した。思えば、ふたりだけではなかった。数人と深く係わり合ってひとつの本が生まれたのだった。物は今月の末ころできてくるとのこと!

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3ヶ月ぶりのG大病院④ [生活エッセイ]

 一週間たってしまったが、先週の金曜日、終戦記念日にG大付属病院の定期検診があった。
 血糖値が高くならないように早めに軽く食事をとって、7時頃家を出た。お盆の最中の早朝だったので車の流れもよく、8時半には再診機にカードを通すことができた。珍しく採尿があり、採血も5本と多かった。2~30分待ちで順調に済ませ、泌尿器科の外来に向かった。ここでも10分待ちぐらいでお声がかかり、3ヶ月ぶりにS先生にお目にかかった。
「どうですか、調子は?」
「お陰様で特に悪いところもなく、前回腰回りが痛くてご相談したのですが、あの痛みもあれからどんどん薄らいで、今は…」と先日H病院でお伝えしたことをお話ししたところ、言い終わらないうちに、先生、画面に目をやりながら
「この前の骨密度の検査結果ですが、やっぱり、かなり骨密度が低下しています。ホルモン療法の副作用による骨粗鬆症ですね。低くてもたいていこのくらいなのですが、ここまで下がっています。」と画面のグラフを見せて説明する。
「今日から治療を始めましょう。注射を打っていってください。半年に1回の注射ですから、次回は次の次です。この注射をするとカルシウムが不足して副作用が起こりますから、その対策で、カルシウムを補充する薬も出します。サプリメントのようなものです。毎日服用してください。看護師が説明しますが、リュープリンの注射をした後、また戻ってきてください。」
 あれれれ、調子がいいとばかり思っていたら、骨の中がスカスカになっていた!?薬剤を注射して薬を毎日服用する!? ガーン! なるべく薬を減らしたいと思っているところを、それがまた増えるのか…ますます加療人間になっていく。正直、がっかりした。
 化学療法室でリュープリンを下腹(今回は右側)に打ってもらって戻ってくると、間もなくS先生からお声がかかる。血液検査の結果が出たようだ。
「カルシウムの量が足りているので、予定通り骨粗鬆症の注射を打っていってください。5番のところで待っていてください。」
 そこで待っていると看護師が「待っている間にこれを読んでおいてください」とA5版の冊子を持ってくる。表紙は「骨粗しょう症治療剤プラリア治療を受ける患者さんとご家族へ、骨粗しょう症による骨折を起こしにくくするために」とある。中を開くと、骨粗鬆症は、女性の高齢者に多いとある。ホルモン療法で男性ホルモンが抑えられている結果、発症しやすい状況に陥ったようである。ホルモン療法を加減する方法もあると思うが、がんの活動が再開するリスクが高いのだろう。先生にお任せするしかない。
 そのホルモン療法の薬、リュープリンは、過去3回とも13週の間隔で打ってきた。それが今回は11週と2日である。普段よりこれから10日間は体に強く働くはずである。メーカーに問い合わせても、看護師さんに尋ねても「許容の範囲」ということで、《そんなものか》と打ってもらってきたのだ。
 ぐずぐず気にしてもしょうがないから大学病院に任せることにしよう。
 ページをめくると「骨粗しょう症になると、腕のつけ根、背骨、手首、太ももの付け根を骨折しやすくなります。」とある。知らないで治療もしないでいたら、あるときポキッといったかもしれない。で骨折すると、「骨折は寝たきりの原因になります。」とある。《しっかり治療して気をつけるようにすれば、こうしたことを未然に防ぐことができるぞ、早期発見で結構なことだ》と気を取り直して、左手二の腕の皮下脂肪にプラリアを注入してもらった。この薬は破骨細胞を減らすことで骨牙細胞とのバランスを保ち、骨の量を増やすのだそうだ。ただその作用の中で血液中のカルシウムが減少して、低カルシウム血症をおこす恐れが高いので、カルシウム、ビタミンDを服用する必要があるとのことだ。その処方箋を用意してくれるというわけだ、また薬が増えることになるけれども、仕方があるまい。
 骨密度の検査結果のプリントを出してもらった、画面でちょっと見せられただけではよく解らないので。しかし、家に帰ってきてその画像プリントをじっくり見ても、字が小さかったり滲んでいたりして、実はよく解らなかった。血液検査の結果ももらってきた。PSAは相変わらず低くて安心したが、GOT、GPTが若干上昇していた。
 家に帰るとさっそく薬局に電話をして、デノタスチュアブル配合剤というのを手配してもらって、翌日からのみ始めた。朝食後2錠、噛んで服用する。薬価は前立腺がんの治療薬のカソデックスの約45分の1で、経済的負担は少なかった。

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3ヶ月ぶりのH病院④ [生活エッセイ]


 先週の金曜日に、放射線治療を受けたH病院の三ヶ月検診に行ってきた。検診といっても検査は特にない。体調の報告が主だ。
 前回G大学病院で受けた血液検査の結果表と、電車の中でできるものと、汗拭き用のタオルと、冷たいペットボトルを一本持って、駅に行くと、間もなく高崎行きが入ってきた。
 午前中の下り電車は夏休みでもすいていた。車中では、目下、隣のブログ(「日本の政治と地球の未来」)で、安倍総理の著書「美しい国へ」から見える人物評を書いているものだから、その仕事?が進むように、要旨の抜き出し作業にいそしんだ。本から知り得た安倍さんのことを書けばいいのだから、本全体の要旨を書く必要はないのだが、読後の印象だけで書くと、大雑把で、読者に根拠が伝わらない主観的な人物評になりかねないと思うのだ。そこで、できるだけ簡単に要旨を紹介しながら、その流れに沿って思うことを書き添えることにしているのだが、これが結構手間がかかる。
 などと思って鉛筆で線を引いていると、たちまち一つ手前の倉賀野駅に着いた。窓を見ると水滴が幾粒も垂れている。雨が降っているのだ。これには驚いた。そういえば雨の予報も出ていたから、驚くほうが驚きなのかもしれないが、連日の暑さのために、暑さ対策しか考えていなかった。
 高崎で乗り換えて数分で最寄り駅に着いた。やはり雨だ。まだ小雨だから、濡れるのを覚悟で、歩いて行ってしまうことにした。タオルを肩にかけて、急ぎ足で病院に向かった。
 濡れ鼠というほどのこともなく、無事に、予約時間の30分ほど前に着いた。
 診察前にすることがあった。友だちの友だちが、放射線治療で入院していて、見舞うことになっていた。もしかしたら予定の照射を終えて退院してしまったかもしれない微妙な時期だったが、南病棟3階の廊下でばったり行き会えた。入院中、WBC等をよくテレビ観戦した談話室のようなところで話をした。昨日で30回の照射を終え、今日退院とのことだ。治療半ばで一時帰宅していた時に、血尿が出て排尿時に痛みもあるとのことで電話で相談を受けたが、その後は治まっているとのこと。退院を控え、明るい表情だったので、安心した。
 ところでせっかく病棟に上がったついでだから、入院生活を楽しくしてくれたKさんという看護師さんの消息を、ナースステーションで尋ねてみた。すると、なんと、もう辞めてしまったとのことだ。ブログに書かせてもらったり…いつかまたお会いできるのではないかと思ってもいたので、こいつはちょっと残念な知らせだった。
 それからとぼとぼ階段を下りて、腫瘍センターの受付に行き、いつものアンケート用紙をもらって、待合室のソファーに腰を沈めた。
 用紙をよく見ると「国際前立腺症状スコア I-PSS」と書いてあった。質問は全部で7問。残尿感があるかどうか、2時間以内に行きたくなるかどうか、途中で切れる感じがあるかどうか、我慢するのがつらいことがあるかどうか、勢いが弱いと感じることがあるかどうか、開始時にいきむ必要があるかどうか。以上の6問については、回答の選択肢が6個用意されている。「全然ない」が零点、「5回に1回未満」が1点、「2回に1回未満」が2点、「2回に1回程度」が3点、「2回に1回より多い」が4点、「ほとんど常に」が5点となっている。第7問は床に就いてから起きるまでに何回行くか。これは回数がそのまま点数になる。
 最後に、QOLスコアというのがある。「今の排尿の状態が生涯続くとしたら」という問で、選択肢は「大変満足」「満足」「大体満足」「どちらでもない」「不満気味」「不満」「大変不満」とある。(「」付きになっているが、大急ぎで要点だけをメモしたので、必ずしも用語が合っているかどうかはわからない。)
 私の場合、残尿感はほとんどなく、2時間以内に行きたくなることがたまにあり、途中で切れる感じはなく、我慢するのがつらいことがたまにあり、勢いが弱いと感じることはなく、いきむ必要はなく、夜中に起きることは1回で、スコアは4点だった。QOLスコアのほうは、「満足」である。
 大変良いスコアだが、家に帰って落ち着いて考えてみると、今は暑い時期で、汗かきの私は当然小便の回数は減るのである。ちょっと涼しい日は、もっと頻繁に行きたくなる。小便の勢いも、特別弱くはないが、若い人と比べれば、相応に弱いであろう。ということは、このスコアは、当人の楽天度をかなり反映したものと言えよう。それで良いのだろうかとも思うが、「病は気から」と言うから、気が病んでいないということもデータとして意味があるのかもしれない。実際、気だけでなく、私が膀胱に受けたダメージは少ないと思えるので、有り難いことである。
 排尿よりも排便に、私は気を遣っている。少量で回数が多く、面倒くさい。たまに固いことがあり、少しばかり血が滲むことがある。そんな時はいただいた座薬を寝る前に挿すと、一両日で治る。順番が来たときに、先生にそんな話をする。それから、前回は腰回りが痛くて先生に相談したが、あの痛みはあれから一月ほどで雲散霧消、今はどこも痛くなく、また小走りも平気ですと報告する。
 先生は血液検査の結果に目を通し、「いいですね、PSAが低いままで。ほかも特に心配はありませんね。また、同じ薬を出しておきましょうね。次回はまた3ヶ月後で…」
 外の待合室で、アルフォンス・ミュシャの壁画や窓の外の風景を懐かしく眺めていると、看護師さんが薬を持ってきてくれる。受付に呼ばれて、また千円でおつりをもらって、有り難く病院を後にする。
 雨は止んでもいないが強くなってもいなかったので、またタオルを肩にかけて駅へと急いだ。涼しい通院だった。

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    小雨の最寄り駅(駅は田舎だが…)
 

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関東は猛暑 [生活エッセイ]

 昨日は友人から「暑すぎるよ、どうしている?」という電話があった。
「Tシャツ着てね、用があるときは汗をかきかきやって、用のない時は寝転んで、扇風機にあたって本でも読んでいるよ。」
「よく本なんか読む気になるね。この暑さじゃそんな集中力なんか働かないよ。」
「そうさ、すぐ眠くなるよ。そうしたら昼寝さ。」などと消夏法を披露した。
 今日は38.8度になった。全国で二位とか、さすがに暑い。
 午後、人が来るのでエアコンを点けようとしたとき、室温が36度だった。徐々に下げたほうが快適だろうと思って、設定温度を32度くらいにしようと思ったら、30度が一番上だった。それで回していると、温度差があるのでどんどん効いてくる。間もなく、32度、31度と下がってきた。そうしたら、ひんやり寒くなってくしゃみが出た。併用している扇風機を慌てて止めた。そこに客人が入ってきたので「どう、涼しいだろう?」ときくと、「暑いよ」というので、また扇風機を回した。31度はやはり31度、もっと涼しいところにいた人にとっては、やはり暑い温度だったのだ。
 そうか、ちょっと暑さに適応し過ぎたかなあと少し反省した。

 熊谷の夏は暑い。適応力を過信すると命にかかわる。毎日をその辺に気をつけながら緊張感を持って暮らす。思えば、冬の寒さも厳しかった。水道管が凍るほど寒い日もあったし、60センチを越える積雪もあった。生き物だから、命にかかわることを警戒しながら日々を暮らすことは当然だし、面白くもある。

 それにしても、四国に降った雨の量は半端ではない。台風11号も控えている。水に流された人、土砂崩れに遭った人、家が浸水してしまった人などは、この範疇を越えている。気の毒でならない。

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行田市 古代蓮の里にて 2014.8.3

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病気よりも気になる最近の政治 [生活エッセイ]

 自分の病気の治療経過をお伝えすることが主な目的で続けているブログだが、安倍政権発足以来、この国の病状も気になってならない。国の中枢の病なので、中・高年の前立腺の病よりもよほど重篤なのではないだろうか。心配だ。自分の国のことなので、他人ごとではないのだ。
 もっとも私だけが「国家が脳腫瘍に罹ってしまった」とわめいているのなら、ただの気のせい、あるいは取り越し苦労の可能性も大だが、毎日曜のたびに、専門家筋も同様の危惧を抱いているという確信が募ってしまうのだから、この先どうなってしまうのか、国の病の行方が、自分の病以上に気になるのだ。
 日曜の朝は、寝坊しなければTBSの時事放談を見る。先週は片山善博氏と浜矩子氏が、今週は、野中広務氏と古賀誠氏が、公的年金の株式運用や集団的自衛権行使の閣議決定方針などについて、政府のやり方を批判していた。中でも古賀氏は、与党協議で公明党にばかりブレーキ役を頼っている現状について、自民党内のハト派は、特に宏池会は何をやっているのかと自分の派閥の後輩に檄を飛ばしていた。確か副総裁の谷垣さんも、その主要な一人だろう。閣議決定は全員一致でなされていると聞く。一人でも反対すれば振り出しに戻るはずだ。すぐにまた、その首を挿げ替えてやろうとするだろうが、そんな乱一つ起こらず、すんなりと、こんな大胆な憲法無視が行われてしまうのだろうか。まったく、自民党という党は、自らの立身出世、私利私欲しか考えない腰ぬけ政治家の集まりだったのか…という思いが、出演者の周辺に漂っていた。
 中枢の悪性腫瘍が、まずは脳全体に広がりつつあるのだ。怖い病だ。
 実際に脳腫瘍で悩んでいる人も多い中で、このような例え話は適切ではないし、不快に思われる人もいらっしゃるだろう。その点はお詫びを申し上げなければならないが、ただ、個人の罹る腫瘍と、社会にはびこる悪政とは根本的に違うところがあるのだ。前者は、医者が外部から良性か悪性か判定し、外部から様々な治療がなされるのである。場合によっては除去したり根絶したり、悪化や増殖を抑えたりすることができるのである。ところが、後者は外部からの判定や治療がなされない。内部の自浄作用、自己免疫力等に依るしかないのだ。何が健康で何が病なのか、症状を自覚して、社会が判断し、健康への道を自ら歩まなければならない。その、判断を下し歩む方向を決める中枢部分の認識能力や判定基準に狂いが生じているのだ。社会の構成員の多くから、様々な危惧や疑問や忠告が出される中、それらを無視して強引に社会の方向づけを行っている。
 くどいようだが「と、私が思っている」という程度の話ではないのだ。全国放送のテレビ局が、日曜の朝から声高に疑問を投げかけているのだ。8時からのサンデーモーニングでも、「引き返せないところまで進んでしまう」と警告(というか呻きというか)が異口同音に発せられていた。
 二つ隣のチャンネルフジテレビを見てみたら、都議会のセクハラやじ問題と、韓国の海難事故をめぐる報道をやっていた。こちらの番組は国政への不安を表明しようとするものではないようだった。
 マスメディアがこぞって警鐘を鳴らしている訳ではないのだが、鳴らしているところのほうに、報道陣としての使命感や次世代への責任感、社会人としての良心のようなものを感じてしまうのだ。そうでないメディアには、個人的な良心よりも、「みんなでこれで行くんだ」という集団主義的な大雑把さや権力への迎合主義、誤魔化しのようなものを感じてしまうのだ。
 国の在り方がこんなでいいのだろうか、というのが日々の心情だ。
 そんな鬱陶しい気分でいたところ、ワールドカップの日本人観戦者のマナーの良さが世界的に称賛されているという話題が報じられた。一方で、都議会での大変レベルの低いセクハラやじも世界に発信され、ヒンシュクを買っているとのこと。きめ細かく周囲に配慮し、平和を愛好する多くの国民と、少数だが、利己的、排他的、差別的な政治家が政界を牛耳っているという日本の二面性が、奇しくも同時に世界に報じられたわけだ。
 いくら善良な国民が多くても、国として間違った行動をとってしまっては取り返しがつかないのだから、一人ひとりが、政治に対して、しっかり関心と責任を持つようにしなければならないと思う。今の日本の政治家は、日本人の一部の代表でしかなく、決して、全体をバランスよく代表するものではないように思える。早く修正していかないと、素晴らしい日本人が、またまた、自爆テロの先駆けのような悲惨で残虐な行動をとるようなことになりかねない。

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花咲く頃の桐生の思い出-G大桜祭りと山本輝通先生 [生活エッセイ]

 昨年の放射線治療入院中に取り上げさせていただいた(第7話)『一隅の管見』の山本輝通先生を、桐生のご自宅に訪ねる機会を得た。4月の第2日曜日のことだ。仲を取り持ってくれたのは例によって友人のI元教授。同じ桐生に住んでいる。I氏は47年もG大一筋。理工学部地球化学専攻で、石灰石が海中で変容したドロマイトなどが研究対象。メタンハイドレード探査や原発事故後は放射性セシウムの調査・分析でも活躍。以上は『桐生タイムス』の記事で知ったことで、2~3年前に旧交が復活した高校時代の同級生には新鮮な情報だ。本年3月に退官し現在は非常勤講師。ようやく少し暇ができたとのこと。これはナマ情報だ。
 そのI氏が山本先生訪問を、大学キャンパスを開放する桜祭りの日に合わせて設定してくれた。
 情報の古いカーナビで桐生市役所まで行くと、迎えに来てくれて、まずは自宅まで先導してくれた。桐生川という川を渡り岡を登っていくと一番上のほうにI君(と呼べと言うから言われるままに)の洋館風の素敵な家があった。そこでお茶をご馳走になり、今度は彼の車に同乗して再び市内に下りて行き、街中の駐車場に車を置く。そこから、タクシーにしようかどうしようかと二人で迷いつつ、ぶらぶら20分ほど歩くと、やがて正面に鳥居が見えてきた。天満宮とかで、「周辺に雀荘があって、よく通ったものだ」とのこと。そんな話は他の友人からも聞いたことがある。そのすぐ隣が大学とのこと。
 通りを渡って構内に入ると早速テントが立ち並び、人がたくさん集まっている。勧められるままにお団子を1本もらい、改めて辺りを見回すと、池の周りに枝垂れ桜が幾本も植えられ、満開の桜が時折の風に花びらを散らしながら、ゆらゆら、いい感じで垂れ下がっている。京都の円山公園の一角を思わせる風情だ。三十数年前に、卒業生の花王の(当時の)社長が円山公園と同じ種類の桜を植樹したとのことで、なるほどと合点が行った。キャンパスを開放して周辺の人に観てもらう価値が十分あるものだ。
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 団子を食べ終わって、すぐ脇の講堂に急いで入ろうとしたところ、中から人がたくさん出てきた。「ああっ、終わっちゃったか」とI君。奥さんの参加したコーラスを聴くことになっていたらしい。天気が好いのでなんとなく歩いてきてしまったことが原因のようだ。聴きそびれたことがどれほど惜しいことなのか、またどんな災難が待ち受けているのか、まったく見当がつかない私は、ちょっとどぎまぎしていたが、お嬢さんに会い、やがて奥さんにも会って、I君一家の円満な雰囲気を確認すると、また辺りを見回す好奇心が湧いてきた。
 その講堂は、黒光りを放つ木製の舞台、床、客席と、桜色に塗られた壁とのコントラストが妙にすっきり、素敵な雰囲気を醸し出していた。「この建物はなかなかいいので保存しようということになってね、新校舎建設のときに4~50メートル移動してここに持ってきたんだ。テレビや映画の撮影にもよく使われる。今の連続テレビ小説もここで一部撮影したらしい。この間、その画面を見たよ。あれっと思ってね。」すると確かに「撮影に使われました」という立て札が立っている。その場面の写真も貼ってある。見比べると、「はあはあ、なるほど、ここで撮ったのか」にわか造りのセットにはない重厚感が出ている。
 それから和気藹々の一家と食事を共にさせていただき、2時を目安に、山本先生を訪ねた。先生、元気に出迎えてくれた。初対面ではあったが、写真でお顔を拝見しているので、違和感はまったくない。現物というのは、写真よりも新しいので(当たり前だが)たいてい齢をとっているものだが、活き活きとしていて、白黒写真で見るよりもむしろ若かった。御齢83歳とは、とても思えない。
 『一隅の管見』以降も執筆を続けられ、毎週月曜日に欠かさず『桐生タイムス』のコラムを飾っている。話題が豊富でまた饒舌なので、あっという間に「そろそろお暇しなければ…」という時間になってしまった。
 永平寺の内部行事の話や、「昇天」の他に「召天」も広辞苑に取り上げさせた話など、貴重なお話をいくつも伺ったが、ここでは、先生のその後の作品を2つほどご紹介しよう。
 一つは2月17日のもので「『井の中』の私の解釈」と題されている。要旨は
「『井の中の蛙大海を知らず』ほとんどの人は井を井戸と思っている。私は昔から井戸に蛙がいるのかどうか疑問に思っていた。あるときひらめいた。井は井戸ではなく川辺の洗い場ではないか、広辞苑の井の説明には『泉または流水から用水を汲み取る所』とある。このことわざの出典は荘子だ。私の解釈では、読書に疲れた荘子は、気分転換と散歩のため川辺に行った。川面を見ると、かじかがえるが、井から川の中流へ行ったり来たりしているが、あの蛙は広い海は知らないだろう。同様に、政治が悪い、税金が高いと批判している民も、難しい外交は理解していないのではないか。」
 井は井戸の井ではなく、井戸端の井か、なるほどなあ、井戸端会議で満足していたら本当のことはわからないぞということか!妙に納得してしまった。もっとも今の政治は、為政者のほうが井戸の中の蛙で、多数の賢者の忠告を無視して突っ走っているように見える。取り返しのつかぬことにならないうちに、早く大海を知ってもらいたいものである。
 また3月31日にはこんな記事を書かれている。
「春夏秋冬の四季を色で表現すれば、それぞれ何色を配するかは、各人各様だろう。古代中国の五行説では、青・朱・白・黒を配し、青春・朱夏・白秋・黒冬としている。」で始まる。筆者は「青春」しか知らなかった。そういえば、青年、青二才、あいつはまだ青いなどのように、若いことを、未熟なことをなぜ「青い」というのか、よく考えたこともなかった。今思うに、果物が熟れる前の緑色から「まだ青い=未熟だ」が来ているのかも知れない。それにしても、朱夏・白秋・黒冬のことはちっとも知らなかった。
 こんなふうに、何かと考えさせるエッセイを、先生は書き続けていらっしゃる。『桐生タイムス』で、知識の種蒔きをやっていらっしゃるのかもしれない。
 帰り際に先生からお聞きしたのだが、桐生市医師会のホームページに同紙掲載の記事が載っているとのこと。(興味のある方は、同ホームページ内のサイト内検索で「桐生タイムスより」を試していただくと先生の記事に出会えるかもしれない。先生の種蒔きは、風で何処まで飛んでいっても差し支えないと思うが、掲載している新聞社は風で飛ぶのを嫌がるかも知れない。しかし、先生の記事で知名度を増すことは必ずプラスになるはずだから、ここは寛大にお取り計らい願いたい。念のため。)
 お邪魔した記念に、ピアノの上の分厚い辞書群を背にした先生のお姿を携帯カメラに収めさせてもらって、大急ぎで帰路に着いたのだった。I君一家には大変お世話になり、心から感謝している。燦Q
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花待つ頃の備忘録 ③ Y新聞のキャンペーンに [生活エッセイ]

 3月9日の日曜日だったと思う。玄関のチャイムが鳴った。例によって宅配便かと思って判子を持って急いで出たらそうではなかった。中年男性が二人、一人はビニール袋に入った新聞を手に持って、もう一人はスーツ姿で立っていた。
「Y新聞ですが、昨日無料紙を郵便受けに入れさせていただいたのですが、今年Y新聞は創刊140周年で記念キャンペーンをやっているんですよ。それで、あと一週間無料で新聞をお届けできるので、ご覧いただけたらと思ってお邪魔したのですが、いかがでしょう?」
「いやあ、家はみんな忙しくて、新聞をとっても読まないままチリ紙交換に出してしまうことが多いんですよ。それでとらないことにしているんですよ。折角ですけど…。」
「いえ、とるとらないはいいんですよ。とっていただかなくても構わないので、無料の間だけ、最近のY新聞がどんなものか見ていただければ結構なんですよ。いかがでしょうか?」
〈無料で置いていって、その後とらなくてもよいというのでは、なかなか断りようがないなあ、体よく断ろうかと思ったんだけど…じゃあ仕方ないか、言ってしまうか…〉
「今、政治が少しおかしな方向に行っているじゃないですか。特定秘密保護法を作ったり、憲法改正なんかしなくても集団的自衛権は行使できるとして閣議で決めてしまおうとしたり…。この間、土曜の朝のテレビ番組でそのことを採り上げていたので見ていたら、シンボウさんとかハシモトゴロウさんとか、それからたぶん経済界の人だと思うけどゲストの人とかも、盛んに、『米軍と一緒に行動していて、米軍が攻撃を受けたときに何もしてやれないなんていう状況は早く改善しなければならない』って、当然のことのように言っているんですよ。そういう説に異論を唱える人は出ていない。あれっ、これは集団的自衛権行使のキャンペーン番組じゃないかなって、思っちゃいましたよ。そういう状況だけを想定して、それで『これでは対等の同盟関係ではないから、早く、対等に支援し合える(軍事行動が取れる)関係になるべきだ』そういう次元の問題にしてしまっていいんですかね。日本は戦争に懲りて、戦争はしないって宣言している国なんですよ。アメリカとは根本的に違うんですよ、お国柄が。どうも、NテレとY新聞さんは(それからS新聞も)政府の方針に乗り過ぎて、世論を危険な方向に煽っているような気がして仕方ないんですよ。」
「はあ、はあ。でも、読んでいただいて、そういった意見を聞かせていただければ、それはそれでありがたいんですから…」
「まあ、そういう訳なんで、今の報道姿勢では、とる気も見る気も湧かないんで、申し訳ないけど、家は結構ですから。なんと言ってもY新聞さんは影響力が一番大きいのだから、日本をミスリードしないよう、いい方向に導いてくれるよう、よろしくお願いしますよ。」
 訪問宅で、逆に変なお願いをされ、でもあの人たちも、幾分そんな後ろめたい気持ちもあったのだろう、何を言い返すでもなく、
「わかりました。こんなご意見をいただいたということで、社に帰ったら報告させていただきます。」
「私も、ジャイアンツファンですから、応援していますから…」
「そうですか、ありがとうございます。」
 と、まあ、円満にお断りすることができたのだった。


 


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花待つ頃の備忘録 ① グランドピアニスト君 [生活エッセイ]

 今日は3月の中頃だから、2ヶ月ほど前の話になる。娘が家で子育てに勤しんでいたときのこと。こんな素晴らしいおもちゃが世の中にあるのかと感心したものがある。グランドピアニストという名がついていた。3~40cmほどの卓上ピアノで、自動演奏してくれる。普通の卓上ピアノは鍵盤の数が少なく、子供の手で弾ける程度の大きさになっているが、これは、本物の縮小版(6分の1とのこと)で鍵盤の数は減らされていない。その分鍵盤の幅が狭くなり、わずか4ミリ程度だ。演奏もできると説明書きにはあるが、爪楊枝でも使わない限りそれは無理だ。
 演奏できない代わりに、名曲を100曲も内蔵していて、勝手に奏でてくれる。それが、まるで透明の妖精がそこにいて、忙しく手を動かして弾いてくれているかのように鍵盤が正確に(たぶん)動く。それを見ながら聴くせいか、音も繊細で歯切れよく、生演奏を聴いているような気分になる。鍵盤が機械仕掛けで動く音が、シャカシャカ・クシャクシャとやかましい点は、このおもちゃの欠点と感じる人も少なからずいるだろう。
 孫守りの爺はこのグランドピアニストの演奏がすっかり気に入っていて、赤ん坊を頼まれて寝かしつけるときによくかける。歯切れのよいピアノの音とシャカシャカ音では、赤ん坊がうるさがって寝ないのではないかと思いきや、これがそうでもない。まず、どんな曲が演奏され、赤子が聴かされているかというと、「トロイメライ」「月光の曲」「チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番」「ショパンの雨だれ」「モーツアルトの交響曲第40番」「アイネクライネナハトムジーク」という具合に私でも知っているようなポピュラーな曲が続く。赤子はこの辺りの小気味のよいリズムが聞こえてくる頃は、もうたいていは眠っている。もっとも、音楽の効果なのか、抱っこの揺れが眠りを誘っているのか、グズっても埒が明かないと諦めているうちに寝入ってしまうのか、真相はわからない。
 さて抱いている爺は、もう少し抱きながら聴いている。急いで降ろすと目が覚めてしまって、最初からやり直す破目になりかねない。曲のほうは「サンサーンスの白鳥」「ハンガリー舞曲」、銀盤で真央ちゃんが踊った「愛の夢」「モーツアルトのピアノソナタ第15番」、そして「美しく青きドナウ」「モルダウ」と名曲が続く。この辺りでさすがに腕が疲れてきて、赤子をベッドに降ろす。少々雑な置き方をしても、もう大丈夫だ。
 爺の役目はこれで終了だが、まだグランドピアニストから離れない。まだまだいい曲が流れてくる。「華麗なる大円舞曲」「ショパンのノクターン第2番」「ペールギュントから朝」、そして「乙女の祈り」とくる。この辺りが感動のピークで「ヴィバルディーの四季から春」「エリーゼのために」「軽騎兵序曲」と余韻をつなぎ、そろそろ立ち去る準備をし始める。眠ったからと言って音楽を消してしまうと、その変化で目が醒めてしまいかねないからボリュームをゆっくり絞っていく。シャカシャカ音は、ほとんど下がらないのだが、考えようによってはほどよいリズム音で、他の物音をカムフラージュするのに都合が好いような気もする。そう思って、演奏し終わって自動的に切れるまで点けておく。ただ、このピアニスト君の最大の欠点は、演奏が終わって電源が切れる直前に、チャン、チョン、チャン、チロリンと「これで演奏終わりです」という和音を発するところだ。演奏が終わって完全に静かになった後、この合図の和音が響く。これは寝ている子を故意に起こそうとする悪魔的仕掛けだ。私が寝かしつけた後「この音ですぐ起きちゃったよ」と何回かクレームをつけられている。そこで、グランドピアニスト君の上にタオルやら毛布やらを被せて、この音を和らげる作業をしておかなければならない。
 さて私のクラシック観賞歴だが、クラシックに限らず、ステレオ装置にレコードやCDをかけて聴くようなことは、もう何十年もせずに過ごしてきた。ウォークマンのような個人的に聴く道具も持たずじまいだった。だから、ここに知った風に曲名をずらずら記したが、聴いてすぐに曲名が言えるものは少ししかない。読者の方がご存知かと思って、取説のリストから書き写したものである。そのくらいの観賞歴だから、このグランドピアニスト君の音楽的価値も、実は当てにはならない。この点は、友人に生身のピアニスト君がいるので、近いうちに鑑定してもらおうと思っている。
 そんな訳で、こんな名曲の数々を生演奏(偽物にしても)でたっぷり聴けるなんてことは、孫守りでも仰せつからなければ体験しなかったことであるが、そんな望外の喜びを噛みしめながらふと思ったことがある。
 西洋の音楽は素晴らしい。音階を定め楽譜を考案し、リズムに乗せてメロディーを歌い、多様な楽器を用意して和音を響かせる。その方式もさることながら、奏でる曲の質の高さと量の多さには、諸民族を圧倒するものがある。日本も、明治以降西洋文明に触れ、それに習い、それを摂り入れてきた訳だが、西洋文明の優位性を悟った幾つかの理由の一つに、洋楽という素晴らしい文化があったものと、今さらながら思うのだ。文明が広がっていった直接的な要因は、科学技術や経済の先進性だろうが、その背景に、深みのある文化を擁していた。自由や平等、民主主義なる理念も、西洋文明が育んできた魅力的な文化遺産のように思える。
 だが、今の西洋文明の盟主たるアメリカはどうなのだろう?かつてのような諸民族を納得させる魅力的な文化を持ち合わせ、それに磨きをかけている、そういう背景が果たしてあるのだろうか?良く言えば経済合理主義だが、悪く言えば物欲・支配欲だけが突出してはいないか?ふとそんなことを思ったのだった。アメリカ映画に見られる活力や大胆さは認めるが、クラシック音楽に秘められた優しさ・繊細さは、もはや望むべくもないのだろうか?
 となると、この文明の行く末が気になってしまうのだ。

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3ヶ月ぶりのH病院②と前代未聞の大雪 [生活エッセイ]

 もう一週間以上もたってしまったが、先々週の金曜日に、定期診療でH病院に行ってきた。放射線治療で入院した一年前を彷彿とさせる雪の舞う日だった。
 あの時は、車内の英語放送のアクセントに耳を傾け、その興味で目的の駅に着いてしまったが、どうやら、治療入院がどんなものか見当もつかず、何も考えようがなかったからそこに関心が行ったのだろう。今聞くと、特別関心を寄せるほどの特徴は、ほとんどまったくないように思える。車窓は津軽平野のような灰色の世界で、小雪が横に舞い飛んでいる。
 目的のI駅に着くと、昨年と違い荷物がないので徒歩でとぼとぼと病院に向かった。道はうっすら雪を被った程度で、レインシューズで歩くのにそれほどの支障はなかった。交番を過ぎ、病院の建物が見えるところに来ると、大きな犬をたくさん飼っている家があることを思い出した。今日は黒いシェパードが柵のそばをうろうろしながら通行人を威嚇していた。
 例によって豪華な待合室で小水についてのスコア票を記入した。前回は好調で4点だったが、今回は、昼間の小水が近いことがあって、7点であった。
 待つこと15分、お呼びがかかってO先生の許へ。
「どうですか体調は?何か変わったことはありませんか?」
「お陰様で普通に生活できています。ただ、このところ便が固めで、ときどき紙に血が滲んでいます。また痔の薬をいただければありがたいのですが。二晩も続ければたいてい治っちゃいます。」
「便が固いのはよくありませんね。一度大量に出血すると一生止まりませんよ。便をする度に大量に出血するのは辛いでしょう?痔の薬はよく効くけれども、度々使うと、粘膜を弱くしてしまうから、あまり使わないほうがいいんです。便を緩くする薬を出しますから、必ずそれを呑むようにしてください。消化管の粘膜を保護する働きと、便に水分を保つ働きを持っているだけの薬だから、呑まないで固い便をするより余程呑んだほうがいいですよ。大量の出血をするようになるのは厭でしょう?」
「はい、はい、はい。薬を呑みます。私は暢気者だから、先生にしっかり指導していただくとたいへん助かります。ありがとうございます。それから、骨盤の大腿骨の付け根の辺りがときどき痛いことがあるのですが、転移している可能性がありますか?」
「どれどれ、診ましょう、どこですか?」立ち上がってズボンを下げて左脚の付け根の外側を触って、「この辺りなんですが…」
「ううん、加齢によっても痛みは出るからね。骨シンチをやっているんだよね?」
「はい、まだ結果は聞いていませんが、先日やりました。」
「ではそちらの結果を大学病院のほうでよく聞いてください。」
 かくして、薬をもらい、三ヵ月後の次回の予約をし、千円足らずのお金を支払い、帰路に着いた。
 帰りも雪の影響はまだ少なく、ほぼ順調に家に戻った。
 この雪が実害をもたらすほど大量に降るとは、このときはまだ夢にも思っていなかった。熊谷地方は、2月の6日、7日に四十何年ぶりとかの大雪で43㎝の積雪があった。千葉や茨城の友人が心配して電話を掛けてきたくらい関東でも突出して降り積もった。それでもほとんど被害は出なかった。ところが、この日の雪は、夕方から雨に変わるかの予報が外れ、ずんずんずんずん降り積もった。宵の口に一度降ろせる範囲の雪を降ろしたカーポートだったが、深夜にはまたまた30cmも雪を冠していた。息子に「カーポートが怪しいぞ」と言うと、「じゃあ、どかしてくるか」と湯上りだったが服を着直して四駆の愛車をなんとか近所のタイムズに入れてきた。
 その後雪降ろしをすればよかったのだが、車がどいたことで一安心、風呂に入って寝てしまった。
 翌朝起きて…さあ、大変だ。まず、6時頃だったか、ドサッ、バキッと大きな音と振動があった。まだ雪が降りしきる中、出てみるとカーポートが崩落していた。隣に置いてある車のボンネットに一部もたれかかっている。
 この様を見たときは、正直、元気を失った。静かに音もなく忍び寄る雪の恐怖を始めて知った。
 熊谷気象台始まって以来の積雪62cm。あれから一週間以上、毎日雪かきをしているが、雪はまだまだとても片付かない。雪国の人々の苦労が偲ばれる思いがけない体験となった。

P1000587雪害.JPG
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孫守りをしながらわかったこと-略画と密画の重ね描き- [生活エッセイ]

 【     】の部分は読み飛ばしてください。(2014.4.29加筆)

 孫を授かって孫の感想を書いたところで、喜んで見てくれる人はそうはいないだろうから、触れないで済ませようとも思うのだが、一生に一度の機会かも知れないので、ちょっとだけ書かせていただこう。
【それも自分の言葉を連ねると、ベタベタと締りがなくなる恐れがあるので、日本列島の先人のお言葉を拝借することにしたい。
 思い当たるのは、まず山上憶良さん。子を思う歌をいくつも『万葉集』に遺していて有名だ。例えば、
「子等を思ふ歌一首、また序
  瓜食(は)めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ
  いづくより 来りしものぞ 眼交(まなかひ)に もとなかかりて
  安眠(やすい)し寝(な)さぬ
 反歌
  銀(しろかね)も金(くがね)も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも 」
 また、清少納言さんも、
「 うつくしき(可愛らしい)もの。瓜にかぎたるちごの顔。すずめの子の、ねず鳴きするに踊り来る。二つ三つばかりなるちごの、急ぎてはひくる道に、いと小さきちりのありけるを目ざとに見つけて、いとをかしげなる指にとらへて、大人などに見せたる。いとうつくし。頭は尼そぎなるちごの、目に髪のおほえるをかきはやらで、うちかたぶきてものなど見たるも、うつくし。
大きにはあらぬ殿上童の、装束きたてられてありくもうつくし。をかしげなるちごの、あからさまにいだきて遊ばしうつくしむほどに、かいつきて寝たる、いとらうたし。」 と『枕草子』に記している。これも有名だ。】
 幼き子が宝物だとか、「かいつきて寝たる、いとらうたし」などの気持ちがよく《わかる》。
 赤ちゃんはなぜ可愛いのか、というより、大人の側が、愛しんで育てるよう可愛く感じるようにできているのだろうが、その理由の一つに、つぶらな瞳もさることながら、《匂い》があるのではないかと思う。基はおっぱい(ミルク)の匂いなのだろうが、胸元に近付くとホワンと赤ちゃんの香りがしてくる。これを「かーわいい、いい匂いがするなあ」と家族に話したところ、たちどころに変態扱いされ、「以後匂いを嗅いではならない」と禁止命令を喰らってしまった。わざわざ嗅がなくても、抱いて寝かしつけていれば自然と漂ってくるので「ハイハイ、承知しました」と言ってはおいた。
 つい自分の感性が漏れてしまったが、体験して同じ境地に達すると「わかる」という言葉が出てくる。最近、友人からいただいて子守りの合い間に読んでいる本(岩波新書『科学者が人間であること』中村桂子著)に、科学で得られた知識については「知る」ことではなく「わかる」ことが大事だと度々出てくる。科学は専門分化するが故に新しい発見があり、微細な事実や法則がわかってくるが、これらを「知ろう」とすることより、日常生活から得られる体験と照らし合わせて「わかる」ことが大事だと説いている。著者は生命科学の専門家でJT生命誌研究館館長。特別な知識によらず想い描く世界観を《略画的…》、科学的知識がもたらす世界観を《密画的…》と名付けた哲学者大森荘蔵氏の説を紹介し、その重ね合わせが大事だと解説する。
 科学が、人類に進歩や繁栄をもたらしていることに確たる自信が持てていた時代から、必ずしもそうとは言い切れなくなった現代、科学者の側から提起された「科学と科学者のありよう」、またその成果の受け止め方についての大変示唆にとんだ提言と受け止めた。科学が行き詰っているように見える今、科学至上主義から非科学の世界観・宗教観に舞い戻るのではなく、自然に育まれた人間本来の感性が描く略画的世界観と、科学が導き出す密画的世界観の重ね合わせが重要であり、それが重なると「わかる」という感覚が生まれる。科学者にとっても、また常人にとっても、それが大事だというのである。
 大いに納得の行く話で「わかる」という感覚の大切さが、今はよく「わかる」。もっとも私の場合は、自分の略画と先人の略画が重なった例だが…。

 ところで、今日は「半年に一度は…」というCTと骨シンチの検査日で、G大学病院に来ている。今は、ベックス・コーヒーショップの入った休憩室で、午後の検査を待っているところだ(が、残念、今は昼飯もコーヒーもダメだ!)。ここには、星野富弘さんの展示コーナーがあり、作品が十数枚架かっている。先程「ちょっと」と思って覘いてみると、どの作品にも、自然や命への驚き・感謝が満ち溢れ、立ち去りがたくなってしまった。この方は、偉大な科学者にも匹敵する、偉大な略画家だなあと感動した次第だ。

 さて、「(よく)わかる」話を書いてきたが、よくわからないことがある。都知事選を控えた都民の気持ちだが、この件は明日以降。政治ネタなので「日本の政治と地球の未来」のほうに、できたら載せます。今日は尻切れトンボで失礼!


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